スポーツ

2008年2月 8日 (金)

繊細な脊椎運動を獲得するための講座1

  前回の続きとしての各論です。
 すべての人の脊椎はバネのように3次元的に彎曲しているので、捻れの支点、側屈の支点は左右同じ所にありませんが、支点の部位のみで大きく曲げられる傾向がでます。そういうことを続けていると、その支点で力学的不連続、つまり運動(エネルギー)の非伝達が生じることになります。

  まず、この不連続点を修正するのが、高度な身体操作を行うための前提になります。修正法は色々ありますが、側屈運動の改善が柱になります。回旋運動で、不連続を解消することは、かなり難しいのでお勧めしません。
手順1:座位で、側屈して曲がりにくいところを見つける。見つけたら今度は回旋運動で同じ部位が捻りにくいかを感じる。
手順2:右側屈で側屈側につまりを感じ、右回旋で制限を感じた場合は、制限を感じる部位を支点に右側屈したまま、十数秒間脱力します。(左の場合はその逆です)
手順3:側屈運動と回旋運動を再び行い、改善したかどうか比較します。
手順4:改善した場合、この体操を修正体操としてしばらく続けます。左右差が極端でなくなればOKです。
 側屈と回旋が反対方向で異常をだした場合は、支点を意識できていない、つまり側屈と回旋での支点が違う部位なっている可能性が大です。もう一度トライしてよくわからなければ、専門家にゆだねるしかないでしょう。

以上の訓練法は、スポーツ選手あるいは愛好家で脊椎にある程度柔軟性があり、大きな痛み・故障を持っていない人を対象にしています。脊椎に癒着が起きている方々の運動制限は、また別の視点が必要です。

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2008年2月 7日 (木)

捻らないためには回転することです!

古武術の身体操作が、介護やスポーツの分野で注目を浴びていますが、そのような解説(書)のなかでよく使われるキーワードに、捻らない、うねらない、軸(センター)をつくる、ゆるむなどがあります。その手のキーワードは、どう理解するかによって諸刃の剣となりえます。一時、脚光を浴びた選手達が、古武術系身体操作を取り入れることで輝きを失いつつあるのを目にすることすらあります。

 そういうことが起きる背景には、バイオメカニクスの理解の不足に起因する部分があると私は思っています。素早い動きのなかで体を捻らないためには、脊椎を繊細かつ自在に無意識レベルで捻れなければ不可能です。人はわずかに重心を移動させるだけでも、繊細に脊椎を捻り、たわませなければ、無駄なゆれが生じ、からだ全体としては不要な捻れ、たわみ、うねりを生じさせてしまいます。

つまりからだ全体として安定させるためには、脊椎個々としては、精緻な絶えまなき動きが要求されることになるのです。まさに動物はヒトも含めてですが、動的平衡系なのです。けっして静的平衡系(建物のような)ではないということです。動的平衡系は「こま」あるいはジャイロのように回転していて始めてバランスがとれるシステムのことをいいます。したがってヒトの軸は回転していることになります。軸が回転しているからこそ安定し、うねらないし、ゆるむ(無駄な力が入らない)ことができるわけです。回転スピードの落ちた「こま」は、不安定になり、ぶれることになりますが、ヒトがそういう状況になれば力み、ねじれ、うねることでなんとか転ばぬようにするわけです。

以上、本当の意味で捻らないためには、もっとも合理的な非物質(意識の)軸を形成し、その周りを自在かつ繊細に回転するからだを創ったときに可能になるのです。

ダイナミックなからだの使い方と雑な身体操作を厳密に分ける必要があると強調しておきます。固定と安定は違います。安定はダイナミックを内包しているものです。

捻らない身体操作は徹底した捻り運動の訓練の上に形成されるべきものです。軸は固定された芯棒ではなく、竜巻の中心に存在する真空のような概念的存在であると認識すべきです。

あたら才能あるアスリートが、迷い道に入ることのないことのないよう、本稿がひとりでも多くの指導者、コーチの目にとまることを願っています。

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2008年1月 1日 (火)

ナンバ歩き・常足(なみあし)歩行

ここ数年、ナンバ歩きやその発展形?である常足歩行という言葉を聞くことが多いいのですが、朝日新聞(2007年8月5日:心体観測 武術の目⑥ 多田 容子 記述)の切り抜きを、つい最近、友人から見せてもらって ナンバ歩きの理解に釈然としないことがあったので、そのことに触れてみます。それは、「江戸時代以前の日本人は手を振らない歩きをしていた」というようなこと、この記事では間接的にしか書かれていませんが、「右足前のときは右手も前に出して歩く」などの解釈、ナンバ歩きは合理的な歩き(省エネ歩行)であるというような論旨です。このような論調の記載は、他でも目にすることがあるのですが、まずは、ナンバ歩き(上半身をねじらない、手をあまり振らない、同側の手足を前に出すなどの特徴を有する歩行)をよく考えてみることからその真実が見えてくるだろうと思っています。

 私は、江戸時代以前の日本人がみなナンバ歩きしていたとは思いませんし、それが人間としての自然な歩きだとも思いません。求められる生活様式、作法によって必然的に生じた身体操作だと思っています。たとえば

1.袴をはいて歩く場合、足幅(進行方向に垂直な方向の幅)を広くしないと、すそ?がこすれあうし、時に踏みつけることになりかねない。このように足幅をひろくした場合は、上半身のねじれは少なくなるので、ナンバ歩きになる。

2.武士のマナーとして、足音や衣のこすれあう音を嫌ったと思われるので、すり足で移動する。この場合手足を大きく振らないことが体のねじれを減らすのでナンバ歩きになる。

3.刀をさして歩く場合、腰の水平回旋が大きいと、刀が揺れていざというときに刀をすばやく抜けないし、着物が乱れる。これも体をねじらない手足をあまり振らないナンバ歩きになる。

4.飛脚は、肩に郵便物をいれた篭(取っ手付の箱)を担ぐので、上半身が左右に回旋すると走りにくいので、できるだけ上半身が揺れないように走った。当然手は篭を持つので振らない。結果としてナンバ走りになります。(ある雑誌では右手で担いでいる飛脚が、右足を前に出している瞬間の写真を載せて、同側の手足が前に出ている例として紹介されていた、これなどはちょっと詐欺的です。では、左足を前に出す時は、篭を逆側に持ち替えるとでもいうのでしょうか?)

などです。求められる要求によって生じた歩行方法がナンバ歩きであるということです。日本人でも、そういう要求がなされていない人であれば、他の国の人たちと特別違う歩きをすると考えるのは無理があります。

ですから、洋服、靴、求められる作法が異なる現代人が、歩く時に、ナンバ歩きをする必要はありません。体をねじる動きは、身体運動として重要な動きですから、ウォーキングをナンバ歩きにすることは賛成できません。

では、スポーツへの応用としてはどうでしょうか(武術や日本舞踊などの身体芸術では、ナンバ歩きが普通に使用されますが、求められる動きからの必然です)?これは身体操作に要求されることがなにかということで決まることです。

1.陸上の短距離走、長距離走など、速く走ることを目的にした場合、ナンバ走りがいいのかどうか、今の私には答えるだけのものがありませんが、上半身を使い切っているとは言えない走法がベストではないような気はしますが。不要なゆれやねじれがないのは当然ですが、必要なねじれまで抑えてしまってはいけないような気がします。躍動性を失わせる走りになるのならベストではないでしょう、きっと。

2.バスケットボールでのドリブルは当然、飛脚と同じようなことが求められますから、走る時にむやみに上半身がねじれる使い方をすることはありえませんので、当然ナンバ的走法が必要です。

3.サッカーでの走りでは、方向転換が頻繁に求められるので、その時々によって使い分けが必要でしょう。クルッと体を回旋させるときは体にねじれが必要ですから。

ということで、求めるものに応じて、場合によっては使えるひとつの歩法、走法であるという当たり前の認識が必要であろうと思うわけです。

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2007年12月14日 (金)

ACミランv.s.浦和レッズを観ました

昨日、テレビでACミランと浦和レッズの試合をみましたが、やはり点数差(1-0)以上の大きな隔たりを改めて感じさせられました。ACミランの選手は、走りながらボールを受け、走りながらパスを出し、走りながら味方と敵の動きを把握し、走りながら次になにをするか判断し、走りながら状況の変化に対応して、次ぎになすことを変更しているように見受けられました。浦和の選手は、すべて止まりながら考え、決まってから動き出しているように見えます。すべてが遅すぎるように感じたため、浦和を応援している私としては、すごくいらいらさせられるゲームでもありました。複数のことを同時にこなすことができる速さを持っているのが一流のプロなんでしょう。私も精進しなくてはいけません。

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2007年12月 9日 (日)

K1GPを観戦しました!

   昨日、K1グランプリの決勝トーナメントを観戦した方は結構いるんじゃないかと思いますが、私も武術、格闘技大好き人間なので、ご多分にもれず、テレビ放映ですが、観戦しました。戦前の予想どおり、セーム・シュルトが優勝しましたが、大きい人間が強いという、なにかロマンが感じられない結果になってしまい残念です。セーム・シュルト選手が嫌いなわけでも、技術がないとも思いませんが、柔よく剛を制するをみてみたい、卓越した神技を見てみたいと思うのは私だけではないはずです。
   格闘技雑誌、武術雑誌ですばらし理論を披露しつづける方が何人もいる日本武術界ですが、どうしてその理論を証明してくれる天才がでてこないのでしょう。口先だけの理論なのかとつい思ってしまいます。他のスポーツあるいは学術界は、結果で証明しないと評価されないのですが、武術界だけは、理論だけであるいは特殊な状況設定した中でもデモンストレーションだけで評価されてしまう傾向があるような気がします。本来最もシビアな世界であるはずなのに、もっとも平和ぼけしているともいえるかもしれません。
   結果で、世界に認めさせるような格闘技界のイチローを見てみたい。無理なんでしょうかね〜?姿三四郎は。

と感じてしまうのは私だけでしょうか?

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2007年11月 9日 (金)

ウォーキングしている人を見て思ったこと

今日の朝通勤途中で、壮年男性のウォーキング姿を見て、なにかおかしいなあと感じたのですが、それは、腕を前に振りすぎているのです、後ろに比較して。大股で歩こうとすると、人は、足も手も前方に大きく出そうとする傾向があるようです。前にも書いたように、脚は、後ろに大きく掃くように押すのが、いい歩き方ですから、手も大きく後ろに振られるのがいい歩き方になります。後ろへを意識して前方に進むウォーキングをしてください。前を意識しすぎるとどこぞの軍隊の行進になってしまします。

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2007年11月 7日 (水)

武術的身体操作の功罪

ここ数年、武術家あるいは武術に基づく身体運動研究家が、武術のもつ高度な身体操作(厳密には心の操作も含むので心身の操作)の秘密を分析し、そのエッセンスを公開する動きが活発化しています。特にスポーツへの応用で優れた効果を出しているとの情報を目にしたことがある方も少なからずいると思います。

 身体の軸を意識し、無駄な力みを減らすというような基本的なことは、おそらくすべてのスポーツに必要なことで、いい結果を生む手助けになることは間違いないだろうと思われます。ですが、そのスポーツ特有な動きについては、必ずしもいい結果を生むとは思っていません。有名な投手が、これまた有名な武術研究家の指導をうけた話は有名ですが、その指導により、一時いい結果を出しましたが、永続しませんでした。これはある意味、予想通りでしたが、その根拠は単純です。武術は人を殺す技なので、不意打ちが基本です。たとえ決闘の場面であっても、いかに動き出しを読まれないかが大切なポイントになります。ところがスポーツの場合、不意打ちが許されない状況が存在します。投手は、バッターが準備完了した時に、守らなければならないルールにのっとって投げることが義務付けられています。ですから、不意打ちで投げるわけにはいかないのです。そういう条件がある場合、球の威力(スピードや切れ)がもっとも重要にならざるえません。つまり目標とすることが異なるので、異なる身体操作が要求されることになります。やみくもに応用することは、スポーツと武術が求める目標が異なる以上、失敗することになるのは当然でしょう。

 とはいえ、武術の伝える本質がますます見直される時代が来るだろうと、個人的には期待しています。行き詰った日本を変えるのは、サムライの技と精神ではないかと思うこのごろです。

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2007年10月29日 (月)

ウォーキングは母趾で蹴ってはだめですよー!

ウォーキングインストラクターやドクターを自称する方々の理論のなかで、ちょっとどうかなと思うことがあるので、そのことにふれてみます。
  「踵から着地して母趾で地面を蹴るように歩行する」という指導をしている方がいるようですが、母趾で地面を蹴る歩きを続けると、腰が上方に浮きスムーズな歩行にならないばかりか、母趾が床方向に曲がり、ふくらはぎが太くなり、重心が前方化して、脳が興奮しやすくなります。筋力を意図的に多く使ってなにかをするという発想は、鍛えているという気にさせやすいので、多くの人が陥りやすい罠ですが、不合理なからだの使い方は、将来の故障の原因になります。
   女性に特に多い足のトラブルの多くが、重心が前のめりになっていることと密接な関係があります。「踵で着地し、やや内側に体重をのせながら、踵で地面を掃くように進む」というのが私の指導法です。これをするとヒップアップと膝下のシェイプに効果的なウォーキングになります。そして大股に歩くとは、後ろに大きく足を出すということがコツになります。

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