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2008年11月28日 (金)

知ることの厳しさ、解るということの意味、クゥーウッ!

   昨日も空手の稽古に行ってきましたが、真剣であることの大切さを指導されてしまいました。真剣さとは、気力が充実し、気迫が外に出る状態にならなくてはいけないということで、ただまじめであるだけでは、不十分であるということです(数見道場の支部長である橋本先生の教えです)。まったくもってその通りで、そのようなことを指摘されるとは、恥ずかしく、情けないかぎりです。カイロプラクティックの勉強をはじめた頃は、鬼気迫るぐらいの集中力で、カイロプラクティックの神髄に近づこうとしていたはずなのに、いつのまにか肉体の膨張とともに、精神も弛緩していたようです。自称在野の身体運動研究家ですから、バイオメカニクスやスポーツ医学、ヨガなどの修行法に関する知識は、かなりのレベルにいっているのですが、からだで理解する、からだで知るというところに不足があったようです。原点に立ち戻って、ゼロから身体運動の実践、研究を再スタートする必要がありそうです。少なくとも、空手の実践部分はマイナス(過去の空手経験でつくった悪い癖)からのスタートだと稽古に行く度に指導されています。は〜ぁ〜、思わずため息がでてしまいそうですが、プロ(空手ではなく、身体運動研究のです)ですから逃げるわけには行きません。
 知ると言うことは全身全霊で取り組むことで始めて、得られるものであること、解るということは、真実を体感することであるということを、改めて確認させられている武術修行の日々です。近いうちに、今の経験を、縁ある人々にフィードバックできるよう研鑽するつもりです。最後まで読んでくれてありがとう。押忍!

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